ロンジン「古時計コンテスト」日本最古の時計は1867年製 (東京帝国ホテル, 日本)
6月 24, 2010
3月1日、ロンジンでは、日本との歴史的・文化的つながりを明確にし、日本におけるロンジンウォッチの裏側にある歴史を見いだすことを目的とした、ロンジン日本で最古のロンジンウォッチを探す「古時計コンテスト」を開始しました。今回のキャンペーンでは、熱い思いで参加いただいた数多くのロンジンファンに喜びを届けることができました。500点近くの時計が集まり、結果は驚くべきものとなりました。19世紀初頭の非常に古い時計(ロンジンがまだサンティミエにある小さな工房であった時に製作されたもの)が数点見つかっています。この度のコンテストで、ロンジンのトレードマーク入り(翼の砂時計)の時計で日本最古となるのは、1867年に製造された時計であることがわかりました。その時計は、日本人の時計コレクターが所有しています。
1832年以来、スイスのサンティミエを拠点とするロンジン社(Longines Watch Co. Francillon Ltd.)の時計作りは、伝統、エレガンス、スポーツを礎とするもので、175年以上の歴史を有します。スイスにおいて1889年からずっと守られている羽のついた砂時計のトレードマーク(通称 翼の砂時計)、そしてロンジンという名前は、今でも当初の形をとどめ、世界知的所有権機関(WIPO)が管理する国際登録の中で最も古いものです。
当初、企業の経営はオーギュスト・アガシが行い、この分野で成功していた他社と同様「コントワール」すなわち取引事務所の形態を取っていました。1832年、オーギュスト・アガシは、18世紀第4四半世紀から家内工業で時計を製作してきたサンティミエの時計工房、レギュル・ジュンヌで働き始めます。当時の時計製作業界では、様々な工房が独立して仕事をするのを特徴とした特殊な生産システムが中心でした。時計メーカーは、時計作りに必要なすべての部品を専門の工房から購入し、製品を仕上げ、最終的に販売していました。その頃のあらゆる時計メーカーと同様、ロンジンも初期はボークールのジャピィやフォンテンメロンのロベートといった、数カ所の工房が製作したブランクムーブメントを用いていたのです。
日本最古のロンジンウォッチを募集した結果、その当時のロンジンウォッチを所有するコレクターが存在していることが明らかとなりました。これらの時計は、希少価値が高く、優れた時計製作の財産であり、ロンジンウォッチの先駆的モデルです。
1867年、アガシの後継者であるアーネスト・フランシロンは、当時スイスの時計製造業において一般化していた製造方法を変更することを決めました。すべての時計職人を同じ建物内に集中させ、機械的な生産方法を導入・開発しました。これが、ロンジン工場の始まりです。その後、翼の砂時計をシンボルマークに、製造を行っているサンティミエの工場は、国際的に認められる多くの時計を次々と開発・生産しました。ロンジンは万国博覧会で最も多くの賞に輝き(1929年バルセロナで開催された万国博覧会までに、10回以上グランプリを受賞)、さらに新しい航空機産業に時間測定機器を供給しました。 ロンジンは、1919年以来、最も著名な航空業界のパイオニアたちの偉業をアシストしてきました(最も有名な記録は、リンドバーグが達成した大西洋無着陸単独横断飛行があります)。ロンジンは、スポーツのタイム計測においても名声を博し、タイム計測装置をデザインし、世界的に認知されたブランドとなりました。
日本において、ロンジンロゴ「翼の砂時計」が刻まれた最古の時計は、フランシロンがロンジン工場を設立した年と同じ1867年に製造されました。この時計には製造番号300が刻印され、その生産情報が、自社アーカイブで見つかりました。