腕時計の展示空間
時計に関する史書は一般的に、モデルそのものの情報、技術的側面、そしてその変遷に重点を置いています。しかしながら、時計が生まれたその背景を理解することも大変重要です。文化、経済、社会、産業、テクノロジーなど、時計が誕生した当時の状況をさまざまな面から眺めることで、その誕生と商品化の背景が把握できるだけでなく、その存在理由さえ知ることができるのです。しかし時計製造における技術の歴史は、時計そのものだけに注目し、こうした社会背景を見落としてしまいがちです。例えば腕時計は、表面的には“腕時計”として昔から変わりがありませんが、その中に進化、時代ごとの文化的位置付けの変化、テクノロジーの進化、時計産業の根本的な変革などの要素を読み取ることができるのです。
1900年代から1930年代にかけて、それまでポケットウォッチ用のキャリバーを製造してきたロンジンは、腕時計に搭載するムーブメントの開発に着手します。ロンジンの腕時計用の初期のムーブメントは、ポケットウォッチの製造技術を手首用に応用したものでしたが、1916年頃より腕時計のための本格的なキャリバーの製造が開始されました。ロンジンはまた、腕時計のムーブメントだけでなくケースの開発にも力を注いでいきます。この時代、腕時計にデザインの概念が生まれ、その確立に与することとなるロンジンは、1950年に差し掛かる頃、腕時計製造において大きな局面を迎えます。ムーブメントの製造の技術をさらに高めただけでなく、デザインを見るとロンジンのものであることがわかるほどに、デザインにおける個性を確立したのです。
こうした技術、デザインの両面におけるロンジンの歴史は、1957年、腕時計展示コーナーの最初の一角を飾る“Flagship”コレクションの誕生により大きく開花します。このラインよりロンジンは、共通の技術仕様やデザインの複数のモデルをひとつのグループとして集め、現在知られている“コレクション”の形で発表することになります。この時よりロンジンの腕時計は、ひとつのシリーズの中にさまざまなバリエーションを集めるという合理的方法のもとに展開されたのでした。腕時計展示コーナーでは、ロンジンによって製造された腕時計の技術面にではなく外側のデザインの変遷に注目しています。ここでは、1957年からロンジンによって製造された1200のモデルが展示され、同時に20世紀後半の時計製造のアプローチや、時計のデザインに影響を与えてきた芸術的風潮、真の時計製造の伝統を築き上げてきた普遍的デザインが紹介されています。