新しい時計の生産体制に向けて


新たなムーブメントと時計の生産方式の導入には、多大な労力と絶え間ない調整が必要でした。1867年に始まったこの壮大な事業は、19世紀末から20世紀にかけて進められます。工場組織は大きく変化し、(地域のエタブリサージュで実施されている分業システムを継承)これまでにはなかった追加作業が組み込まれ、また専門化によって新たな作業、さらには新たな職業が生まれたのです。このような組織変革は、ある意味で、ロンジン工場における生産方法の発展を示すものでした。また同時に、技術者であるジャック・ダヴィドの監督下で、機械生産方式が徐々に導入されました。ダヴィドがフィラデルフィアから持ち帰った報告書によって確信を得たフランシロンは、機械導入による生産改善に取り組んだのです。

このような作業方法の変化と並行して、品質と生産管理が導入されます。ロンジンの創業初期に製作された時計は1867年から記録されていますが、数年がかりで行われた新生産方式の導入後初めて、これらの情報をまとめた文書であるエタブリサージュ記録に、製品の品質確認がなされたことを示す欄が加わります。ムーブメントが組み立てられてケースに組み込まれる完成時に、熟練の時計職人によって最終検査が行われます。この時、時計の安定した動作が検査され、不規則な動作が認められた場合、その時計は調速用の工房、あるいは生産の上流工程を担当するその他の工房に戻されます。これらの製品管理は、「ランテルヌ」と呼ばれる部門で行われ、これが、時計の出荷前に工場内で実施される最終工程でした。

検査の終了後、時計とそのムーブメントについての情報が、全ての製品資料を統括していたエタブリサージュ記録に記入されます。これらの記録は出荷部門に保管され、各キャリバーに刻印される通し番号を用いて、ロンジン製の全てのムーブメントと時計について記録しています。1867年、フランシロンは、「新しい製造方法」の試みを開始してまもなく、ロンジンの工場で製造された全ムーブメントを特定できるシステムを採用します。これは、製品についての完全なトレーサビリティの実現を目的としています。これらのデータは全てエタブリサージュ記録に記入されており、この資料によって、全ての製品に対して質の高い検査を行うことができたのです。