電子工学とクォーツの貢献(1954年-1968年)
1954年、計時機器部門は、技術部門との協力により、カメラと連動した携帯型のクォーツ式時計を開発しました。その後別の計時システムがいくつか開発されましたが、「クロノシネジン」と名づけられたロンジンのこの装置は、頻繁に計時装置として使用されることになります。例えば、1964年にイギリス人ドナルド・キャンベルが打ち立てた地上速度世界最高記録の計時に使われたのも「クロノシネジン」です。重さ4トン、全長9メートルを超えるマシン、ブルーバード号に乗ったキャンベルは、オーストラリアの干上がったエア湖の湖底で、時速648,728 kmに達しました。最大馬力4100という驚くべきエンジン出力が可能にした世界最速記録でした。このブルーバード号のスピードを計るため、ロンジンは4つの「クロノシネジン」装置を使いました。1秒間に100の画像が撮影できるカメラを備えたこのシステムによって、1/100秒単位でマシンの正確な位置を測定することができたのです。さらに、1964年末に同じくオーストラリアでキャンベルが実現した時速445kmの水上世界最速記録も、ロンジンが計時を担当しています。
ロンジン初の携帯型クォーツ式時計に続いて、電子およびクォーツ技術は重要な研究開発のテーマとなり、その最初の成果は1960年半ばに出現しました。「クロノシネジン」に組み込まれる時計の技術的原理を小型化することに成功し、その結果、デッキ・クロノメーター用のクォーツ式電子ムーブメント、キャリバー「800」の開発に至ったのです。電磁モーターと水銀電池を搭載したこの計時装置は、機械式の計器とは異なる精度への突破口を開きました。このクロノメーターは、天文台の計時コンクールにおいて機械式装置が持っていたこれまでの記録を塗りかえたのです。
技術面だけでなく、時計デザインについてもロンジンの努力は相変わらず続きます。標準コレクションに加えて製作された高級モデルは、ロンジンとしては大胆なデザインに仕上げられていました。この時期、画期的なデザインというものが、生産における新たな側面として取り上げられたのです。
ロンジンは、優れたマニュファクチュールとして、1950年代からの方向性に沿って時計ムーブメントの開発を続けますが、1967年には、20年ほど前から続けられてきた技術開発の当然の結果として、11 ½リーニュの自動巻きキャリバーを完成させました。いくつかのバリエーションとともに製造されたムーブメント「430」は、毎時36 000回のリズムで振動する調速機構を備えていましたが、これは非常に正確な歩度を示す特性です。1950年代から調速機構の振動数が増加傾向にあったとはいえ、たいていの場合、19 800回、あるいは21 600回の毎時振動数を超えることは稀でした。したがって、キャリバー「430」は、ロンジンがさまざまな天文台の計時コンクール用に開発したキャリバーと同じ特性を備えていたわけです。大きな違いと言えば、「430」とそのバリエーションは、コンクール用ではなく市販の腕時計用に開発された点です。その上、このキャリバーの開発と並行して専用のコレクションがデザインされ、キャリバー「430」の技術特性にちなんで「Ultra-Chron」と名づけられました。このムーブメントの誕生は、電子やクォーツ技術を利用して徐々に、しかし確実に出現しつつあった競合社に対抗しようとする意欲の証に他なりません。
クォーツが台頭し、また1867年の創立以来ロンジンが機械式キャリバーを重視してきたとはいえ、キャリバー「430」は、クォーツに対する最後の抵抗として開発されたわけではありません。むしろ、四半世紀ほど前からロンジンが取ってきた技術政策の成果でした。ロンジンによる機械式キャリバーの開発は1980年代まで続きます。ですから、1960年代の終わりに、伝統的な時計製造は多くの熱意と費用をかけた研究対象となったわけです。機械式計時装置もまた、一部の分野で実現された技術的進歩に適応し、例えば1966年のキャリバー「262」はストップウォッチに搭載され、バーニア付きの針で1/10秒単位での計測を可能にしました。ロンジンの変わらぬ方向性は、1960年代の終わりに、スポーツ競技における計時を通しても見ることができます。ロンジンは、引き続き世界各国の様々なスポーツ競技の公式計時を務めました。中でも、有名な自転車ロードレース、ツール・ド・フランスでの計時は33回に及んでいます。