航空時代の幕開けに立ち会うロンジン
1920年代には大空を制覇しようとする試みがいくつも行われました。こうした試みには非常に高精度な計時機器が必要とされました。1919年以来、国際航空連盟(FAI)への公式納入業者であったロンジンは、そうした空のパイオニアたちに自社製クロノメーターを提供することで、彼らの冒険をサポートしました。例えば1925年、ロンジンのクロノメーターは、ロカテッリが北極付近で行なった飛行に用いられました。1926年にはスイス人ミッテルホルツァーがイランで行なった飛行にも同伴しました。しかし何と言っても人々の記憶に残っているのは、1927年にチャールズ・リンドバーグが成し遂げた人類と技術の快挙。リンドバーグは「スピリット・オブ・セントルイス号」に乗って、ニューヨークからパリへの最初の大西洋無着陸横断飛行を行なったのでした。FAIによって公認された彼の飛行を計測したのは、ロンジンの計時装置でした。その後ロンジンの計時装置は、大空の開拓に乗り出した数々のパイロットに用いられました。
バード海軍少将が行なった南極探検の際に装備されたのも、ロンジンの計時装置でした。しかし、ロンジンのクロノメーターが活躍したのはもっぱら航空分野でした。1926年から1939年にかけて、ロンジンは数々の有名な飛行に名を連ねました。ハンス・フォン・シラー船長の指揮の下、飛行船「グラーフ・ツェッペリン号」が世界一周飛行を行なった際にもロンジンの計時装置が用いられました。1938年、ハワード・ヒューズがわずか91時間で世界一周飛行を成し遂げ、世界最速記録を樹立しますが、その飛行機にもロンジンのクロノメーターとクロノグラフが装備されていました。しかし、1931年、飛行家チャールズ・リンドバーグの経験を基にロンジンが共同でアワー・アングル・ウォッチを開発・製造したことにより、大空の開拓におけるロンジンの果たす役目は、新たな次元へと移ったのです。当時のパイロットにとって非常に役立つ装置となったこの時計は、グリニッジ時間とグリニッジ時角(アワー・アングル)を表示するものでした。